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伝えたい思いに正直に――妊娠糖尿病撲滅を目指す、金子洋子さんが走り続ける理由

第1子を妊娠中に「妊娠糖尿病」を発症。その日から、金子洋子さんの闘いが始まりました。下がらない血糖値、痛みと恐怖を伴う自己注射、手探りの食事制限...。
我が子と自分の命が危ういという極限状態の中、治療の正解が見えないまま病と向き合った金子さんは、第2子の出産を前に「低糖質・低GI(※)」という健康メソッドを確立。病を克服した自身の経験をほかの人にも活かしてほしいと、一般社団法人ロカロジ協会を立ち上げて啓発活動をスタートさせました。

妊娠糖尿病を撲滅したい――金子さんの心に灯った小さな火は、妊娠糖尿病で苦しむ人を照らす明るく大きな炎となって、今なお燃え続けています。日々ひた走る金子さんに、その原動力について聞きました。

※低GI...炭水化物が分解されて糖に変わるまでのスピードを表す数値「GI値(グライセミック指数)」が低い「低GI食品」は、一般的に血糖値が急激に上がるのを抑制する効果が期待できるといわれている。

「赤ちゃんのために」が裏目に出て、妊娠糖尿病を発症

――妊娠糖尿病がわかるまで、妊娠の経過は順調だったのですか。

金子洋子さん(以下、金子):妊娠が判明してすぐ、においに敏感になり、家からほとんど出られなくなりました。同時に食べづわりの症状が出て、8ヵ月の時点で体重が20kgも増えてしまったんです。

ちょうどそのころ、義母に「一度は大きな病院を受診して」と強くすすめられて、総合病院を受診しました。妊娠糖尿病が見過ごされることなく発見できたのは、この病院のお陰です。

一般的に、小さなクリニックでは妊娠糖尿病の検査まではしませんから、本当にラッキーだったと思います。50g OGTTチャレンジ(経口ブドウ糖負荷試験)というスクリーニング検査をしたところ、非常に高い数値が出て、すぐに診断のための検査が行われました。結果は、基準値を遥かに超える数値が出て、即入院しました。

――いったい、何が原因だったのでしょう。

金子:すぐに調べて、2つ気付いたことがありました。ひとつは、食べづわりで食習慣が大きく乱れたこと。もうひとつは、妊娠時に飲むと良いとすすめられた葉酸を摂取するため、食べ物や飲み物に甘味を加える果糖ブドウ糖液糖が使われたドリンクを毎日飲んでいたことです。

果糖ブドウ糖液糖は血糖値を上昇させやすく、糖尿病など生活習慣病を引き起こすリスクもあるんです。当時はそんなことはまったく知らず、少しでも赤ちゃんのためになればという一心でしたから、かなりショックでしたね。

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――入院して改善は見られましたか。

金子:入院中は、1日3回の食事を6回に分割してとることで血糖値の上昇をゆるやかにし、1日7回の血糖値の自己測定と、1日3回のインスリンの自己注射――つまり1日10回以上、自分の体に針を刺すという生活でした。注射の恐怖と痛みに苦しんだり、子供の命を守れるのかという不安に押しつぶされそうになったりしながら治療と向き合いましたが、数値は停滞しました。

入院してから3週間後、簡単な食事指導を受けて退院したころから、糖質制限などの食事法を自分で試してみました。しかし、糖質制限で結果が出たことを報告した医師は、「エビデンスのないことをやるなら責任はとれない」という反応で...。

医師から見放されることへの不安から、結局は食事の順番と量に気を配るくらいしかできませんでした。過酷な出産を経て、奇跡的に何事もなく生まれてきてくれた長女を抱いたとき、自分と同じような目には決して合わせまいと強く誓ったのを覚えています。

低糖質・低GIの食事と軽い運動で妊娠糖尿病を克服

――その後、2人目のお子さんも出産されたんですよね?

金子:第2子は、計画妊娠でリスクを回避するよう言われていたので、妊娠を考え始めたころから食事を変えて血糖値を測り、血糖値を上げずに栄養をとる方法を自分の体で検証しました。

調味料や添加物の体への影響についてわからない点や曖昧な点があれば、すぐ行政やメーカーに問い合わせていましたね。その過程で実感したのは、妊娠糖尿病と食べ物との関連性について明確に答えられる人が、ほとんどいないという事実です。

私の話に親身に耳を傾け、妊娠中も問題ないと太鼓判を押してくれたのは、自然由来の甘味料を作っているメーカーのコールセンターだけだったんですよ。私自身は、そのメーカーの商品のおかげもあって「低糖質・低GI×運動」の有効性に気付き、すこやかな妊娠期間を過ごすことができましたが、妊娠糖尿病の治療や予防の在り方には危機感を覚えました。

そこで、試行錯誤の末に行き着いたメソッドを、多くの人に知ってもらいたいと思うようになったんです。

――妊娠糖尿病に苦しむ人をなくしたいという思いが、金子さんの背中を押したのですね。

金子:実際に妊娠糖尿病を克服した私のリアルが、曖昧な情報に振り回され、見えない不安にさいなまれている人たちを救うきっかけになればと思って、第2子出産後に妊娠糖尿病に悩む人や予防したい人の相談にのる妊娠糖尿病の会を設立しました。

そして、活動の幅を広げるにあたって2016年7月に一般社団法人ロカロジ協会、同年12月に株式会社ロカロジラボを設立して、現在は医師や看護士、栄養士、理学療法士、フードコーディネーターと連携して、さまざまな事業を行っています。

最近では、一般の方や専門家に向けたセミナーのほか、飲食店やメーカーに向けた低糖質低GIメニューの開発、食品メーカーとのコラボレーション商品の開発などが増えてきました。

ほかにも、出先で倒れる妊娠糖尿病の人を助けられるよう、緊急連絡先やかかりつけの病院、インスリンの有無などを書き込んでマタニティマークのようにつけられるチャームの製作準備も進めています。

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ロカロジ協会と食品企業が共同開発した低糖質の濃厚プリン「慶」が発売されたばかり。
ほかにも、砂糖の開発や、妊娠糖尿病の方をフォローできるようなクリニックの設立を目指しているという。

――すごい...!協会を立ち上げてから3年ほどですが、金子さんがやりたいことにあふれているのが伝わってきます。

金子:がんや糖尿病の人が安心して食べられるメニューを提供する病院を作る話も進んでいて、今は未来に対するワクワクしかないですね。

ビジネスである以上、理想を追うだけでなく収益を上げなければならないというジレンマに悩みつつも、「世の中を変えたい」「患者を救いたい」という情熱を持った大学病院の先生方や、専門家の皆さんとの出会いもあって、当初の思いを貫くことができています。

夫を変えた3枚のpdf

――一方で、ご家族は起業に対してどんな反応だったのでしょう。

金子:結婚前、IT業界で働いていたころは、専業主婦になるのが夢だったんです。家庭を守る良き妻、良き母になりたいと思っていました。

でも、実際にやってみたら、子供の身の回りのことと家事のすべてをずっとやり続けることが、本当に子供にとって大切なことなのか?と疑問に感じるようになって。私が本当に子供のためにしてあげられることは、人としての生き方を見せることなのではないかと、ある日思ったんです。

と同時に、主人の育児方針や子供との関わり方、家事への協力体制にも不満が募っていったんですよね。そこで、自分の思いと、これからやりたいことを3枚のpdfにして、「納得してもらえなければ離婚する」という覚悟で主人に差し出しました。

主人はそこで初めて、私が溜め込んでいた気持ちや将来のビジョンを知ったわけですが、文字で読んだせいか、「こんなことを考えていたんだ」と、比較的すんなり理解できたようです。まったく反対する理由はないから、全面的に協力すると言ってくれました。

その日を境に、主人はガラリと変わりましたね。今では私が仕事のときは、子供たちの世話を一手に引き受けてくれています。

――仕事を再開して、子育てに対するスタンスに変化はありましたか。

金子:血糖値は、24時間ずっと自分について回るものです。そのせいか、私は仕事もプライベートも区別がなくて、ずっと全体を俯瞰して見ている感覚なんですよ。

ちょっと引いて全体を見られるようになったおかげで、子育てをしていても些細なことでイライラしなくなりました。以前なら叱り飛ばしていた場面でも、子供が私を笑わせてくれる瞬間を思い出して、ふっと肩の力が抜けるんです。自分が充実していれば、家族にも良い影響があると実感しています。

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いきいきと過ごす秘訣は、心に灯った火を大切にすること

――やりたいと思ったことを突き詰めていく姿は、気力や体力の落ち込みを感じ始める更年期世代の女性たちに力を与えてくれると思います。いきいきと活動するために、どんなことを心掛けていますか?

金子:私、仕事でもプライベートでも、「損したくない」って思っているんですよ。商売人の中で育ったからなのかな(笑)。やらずに後悔すると「損したな」って思ってしまうから、心に灯った火を消さないで、やりたいという気持ちに正直に動くようにしていますね。

年齢を重ねると心身に不調が出やすくなることもあって、「この歳ではもう無理だ」と自分にストップをかけてしまうのは、すごくよくわかります。でも、あきらめたらそこで終わり。勇気を出して、目の前に現れるドアを開けていくんです。

自分でドアを閉ざしてしまわなければ必ずチャンスは訪れますし、理解してくれる人や支援してくれる人が現れて、前進する力をくれるはずです。

――最後に、金子さんが「自分を愛しむためにしていること」を教えてください。

金子:低糖質・低GIを実践してから、やせてアトピーも治り、これまであきらめていたことができるようになりました。着たくても着ることができなかったデザインの服を着たり、新しいメイクを楽しんだりする時間で、自分を愛しむことができています。

私の場合、ビジネスとプライベートの境目があまりなくて、ビジネスで得たものがプライベートで活かされて、プライベートの充実がビジネスを後押ししているという感覚なんです。これからも、その良い相乗効果によって人生を充実させていけたらいいですね。


<プロフィール>

金子洋子(かねこ・ようこ)

自身の妊娠糖尿病の体験をきっかけに、「糖尿病ゼロ」の世界を目指して、2016年7月に一般社団法人ロカロジ協会を、同年12月に株式会社ロカロジラボを設立。妊娠糖尿病や糖尿病の人たちに向けたセミナーや講演のほか、「低糖質・低GI」のレシピ開発、医師や食品企業と協力して調味料・食品の開発などを行う。さらに、低糖質・低GIアドバイザーの育成事業を始めるなど、活動の幅を広げている。 http://localogi.com/

(取材・文:藤巻史/写真:垂水佳菜)


※掲載している情報は、記事公開時点のものです。
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