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在宅看取りの現場を追ったドキュメンタリー「人生をしまう時間」の下村幸子監督と考える"命のしまい方"

40代を迎えると、少しずつ耳に入ることが増える「親の介護」。また、若いころとは違う体の変化や不調に、自分の"これから"を考える機会も少なくないのではないでしょうか。

2019年9月に公開された「人生をしまう時間(とき)」は、NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサーの下村幸子さんが、在宅医療のベテラン医師・小堀鴎一郎先生とその医療チームに同行し、みずからカメラを回して制作したドキュメンタリー映画。

いい面も、悪い面もある在宅医療・在宅看取りのありのままを映し出した本作は、"命のしまい方"を考えさせられると同時に、その瞬間を迎えるまでの"生き方"についても意識させられるものでした。

本作の監督を務め、取材の様子をまとめた単行本『いのちの終いかた「在宅看取り」一年の記録』を上梓した下村さんに、お話を伺いました。

小堀先生を通して「在宅看取りの現場」を伝えたい

――下村さんが在宅看取りを取材したきっかけは何だったのでしょうか。

下村幸子さん(以下、下村):一番大きかったのは、小堀先生と出会ったことです。上司から「ユニークな医師がいるんだけど...」と紹介されたことが始まりで、聞けば、元東大病院のエリート外科医だった方が、退職された後に埼玉県新座市の堀ノ内病院で在宅医療に取り組んでいらっしゃるという。東大病院で"生かす医療"をされていた方が、その後180°違う"死に際の医療"をしていらっしゃることに興味を持ち、すぐに会いに行きました。

初対面のその日のうちに、先生について現場に同行したのですが、障害のある娘さんがお父様を看ていたり、高齢の息子さんご夫婦がお母様を看ていたり...。そういった、都会からスポッと抜け落ちたような光景を目の当たりにして、小堀先生を通した在宅看取りの現場を伝えたいと思ったんです。

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――実際に在宅医療・在宅看取りの現場を取材して、いかがでしたか?

下村:いろいろな現場に立ち会わせていただいて強く感じたのは、「1+1=2にならない世界なんだな」ということ。患者さんの容体が急変することもありますし、ご家族の意向によってゴールが変わることもあるので。そこに対する先生の葛藤も間近に見てきましたし、在宅看取りに答えはないと強く感じました。

映画「人生をしまう時間(とき)」も、単行本「いのちの終いかた」も、決して「在宅看取りがすばらしい」という想いで作ったわけではないんです。

映画には、自宅で最期を迎えたいと願っても叶わなかった103歳のおばあさんが出てきますし、本には、在宅のサポートを入れた途端、それまで元気だった方がしょんぼりしてしまったケースも書きました。在宅看取りの現場には、いいことも悪いことも両方ある。それを、ありのまま伝えたいと思っていました。

取材を通して感じた、在宅看取りのプラス面とマイナス面

――在宅看取りのプラス面とマイナス面について、具体的に教えてください。

下村:プラス面は、住み慣れた場所で過ごせるということですね。よく言われることですが、心と体はつながっているんです。先生も「おうちの匂いひとつが元気の素になる」とおっしゃっていました。心から安心できる場所で最期を迎えるという点で、在宅看取りに勝るものはないと思います。

――在宅医療を受けながら途中で容体が悪化し、入院される患者さんもいらっしゃいました。そのような方を見ていて、自宅にいるときと病院にいるときとで何か違いは感じましたか?

下村:表情が違いましたね。映画のオープニングで「家に帰りたい」と話すおばあさんが出てきますが、その方は自宅に戻った後、目に見えて元気になりました。病院の先生からは、軽い認知があると言われていましたが、自宅に戻るなり、飾ってある絵を指さして「あれは◯◯さんが描いた絵だよ」と私に教えてくれたんです。

一方で、患者さんが自宅で最期を迎えたいと望んでも、叶わないケースもあります。本に書いたエピソードですが、1人で暮らしていた95歳のおばあさんは、最後まで自宅で過ごすことを希望されていましたが、ご家族の意向で入院することになり、そのまま病院で亡くなられました。そういったケースを見ると、どうするのが最善だったのかな...と考えさせられます。

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――さまざまなケースを見られてきたんですね...。在宅看取りのマイナス面としては、どのようなことが挙げられますか?

下村:延命治療や緊急措置に関しては、やはり入院に勝るものはありません。在宅医療では予期せぬことも起こりますから、そこをフォローするご家族の負担は大きいと思います。

――お母様が末期がんの娘さんをご自宅で看ていらっしゃるケースで、モルヒネの注射が途中で外れてしまったというエピソードも、著書の中で紹介されていましたね。

下村:それも、在宅だから起きてしまうアクシデントといえます。小堀先生は「そういうことが起きても、誰のせいでもない」とおっしゃいます。ただ、在宅看取りを選ぶなら、思わぬアクシデントが起こりうるという覚悟も必要なんですよね。

「亡くなったから終わり」ではない。看取る側への影響の大きさ

――著書に書かれていた「自宅で看取ることには、看取る側にとっても大きな意味があるのではないか」という言葉が印象的でした。

下村:在宅看取りは、看取る側にも少なからず影響を与えるんです。胃がんを患った旦那様を、十数年の介護の末に看取られた奥様の話なのですが、介護生活の苦しさに、途中「この人がいなくなれば...」と考えたこともあったそうです。

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それでも介護をやりきって旦那様を看取ったときは、すごく落ち込まれていました。そんな奥様が、四十九日のときに胸のあたりを押さえて、「すごく、体が温かくなったんです」とおっしゃったんです。「お父さん、向こうに着いたなってわかった」と。それまで旦那様の死を認められなかったけれど、そのときに初めて泣けて、安堵したと打ち明けてくださいました。

その後も、奥様はあまり外出されていなかったのですが、1年くらい経ったころに「お父さんの足を引っ張っちゃダメだ」と言って、少しずつ外に目が向くようになりました。私は、そこまでが在宅看取りだと思っているんです。亡くなったから終わりではなく、その後も別れのプロセスが続いていくのかなって。

――いっしょに過ごす時間が長い分、別れのプロセスもゆっくり進んでいくんですね。誰しも納得のいく最期を迎えたいと考えると思いますが、自分が「看取られる側」「看取る側」になったとき、どのような心構えが必要でしょうか?

下村:看取られる人が、何を大切にして生きてきたのか、くみ取ってあげることが大切だと思います。たとえ口に出さなくても、人はいろいろなサインを出している。そのあたりを聞き出すのが、小堀先生はとても上手でしたね。

小堀先生は、患者さんに病気のことをあまり話しません。それよりも「昔はどんな仕事をしていたの?」とか、家の中にある絵や家具のことを聞きます。そういう何気ない会話の中で、ある日ふと、その人が生きていく上で大切にしているものがわかるんです。

そういう患者さんの声や希望を、ご家族はもちろん、医師やケアマネージャーさんなど皆が共有して、どういう看取りをするか考えていくことが、幸せな最期につながるのかなと思います。

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――ありがとうございます。最後に、映画や著書を通して、今後どのようなことを伝えていきたいかお聞かせください。

下村:今、「アドバンス・ケア・プランニング」、厚生労働省では「人生会議」と表現していますが、どういう風に最期を迎えたいか、家族で考えようという動きが推奨されています。でも、そういう話をするのはタブーといった雰囲気が、まだまだありますよね。

家族と面と向かって話しにくいときに、私の作った映画や本をうまく利用して「うちはどうする?」と話し合うきっかけを作ってもらえればいいなと思います。そうやって話し合ったことは、今すぐにではなくても、いつかきっと役立つときが来るはずですから。


<プロフィール>

下村幸子(しもむら・さちこ)

NHKエンタープライズ エグゼクティブ・プロデューサー。1993年、NHKエンタープライズに入社し、ドキュメンタリーを中心に番組を企画制作。おもな番組に「僕はヒロシマを知らなかった~広島平和記念公園物語~」「証言記録 東日本大震災」「もうひとつのニュー・シネマ・パラダイス~トルナトーレ監督のシチリア~」「こうして僕らは医師になる~沖縄県立中部病院 研修日記~」(第50回ギャラクシー賞選奨受賞)、「在宅死"死に際の医療"200日の記録」(2018年度日本医学ジャーナリスト協会大賞受賞)、NHKスペシャル「大往生~わが家で迎える最期~」(2019年度ABU賞ドキュメンタリー部門大賞)等。

人生をしまう時間(とき)
患者と家族と向かい合い、最後の日々をともに過ごす――小堀鴎一郎医師(80歳)と在宅医療チームに密着した200日の記録。自主上映会受付中(詳しくはウェブサイトにて)。
https://jinsei-toki.jp/

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いのちの終いかた「在宅看取り」一年の記録
著:下村幸子 定価:1,500円+税
https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000817952019.html



(取材・文:片貝久美子/写真:mika)


※掲載している情報は、記事公開時点のものです。
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